≪論文要旨≫

 

税務における「常識」もしくは「常識的判断」と対立思考形態の葛藤に関連して)

守屋俊晴(公認会計士・税理士)

 

通常、生活している人たちや経済社会に就業している人たちの「常識もしくは常識的判断」とその対位置にいる人たちの「常識もしくは常識的判断」は、大雑把(おおざっぱ)に言って「非常識」と言えるかもしれない。一般的に使われている「非常識」もしくは「常識外れ」が意味するものとしては、マナー違反、無礼な行為・言葉、その他の行為・行動があるが、ここで取り上げているテーマに関しては、税務訴訟に関係する内容であるから、そのようなものとは異なっていることをお断りしておくことにする。

判例研究の一環としてとしての「―常識と常識的判断―」の観点から考察を試みたものが本書である。そのなかでも、とくに最近話題になっている「固定資産税の課税要件と訴訟事例」について触れていくことにした。

固定資産税は、地方税法第5条(市町村が課することができる税目)第2項第2号に定められている税目であって、課税主体は市町村である。そして、この固定資産税に関係して多くの訴訟事案・計算ミス事故が幾つか発生している。

まず「賦課期日と賦課決定について争われた事案」についてみてみたい。この事案は、最高裁まで争われた事案で、①さいたま地裁は「現に所有している人が納税義務を負う」とし、②東京高裁は「登記がない以上、当人に納税義務はない」としていたが、③最高裁は「所有者が課税日時点で登記をしていなくとも、課税処分が決まるまでに課税日時点の所有者として登記されていれば納税義務を負う」と結審している。

原告は平成21年12月に、埼玉県坂戸市内に家屋を新築したが未登記のままであったことから固定資産税の賦課期日である平成22年1月時点では、家屋補充課税台帳の登録もされていなかった。しかし原告は平成22年10月に登記を行った。しかも平成21年12月新築とする登記を行った。そのため坂戸市長は平成22年12月に、平成22年度の家屋課税台帳に所要の事項を登録し、平成22年度の固定資産税の賦課決定処分を行った。

裁判の行方としては、一審の判旨は「実質基準」ともいうべきもので、原告は新築物件の所有者として平成22年1月現在存在していたことから賦課期日である平成22年1月現在の所有者として判断した。他方二審では「形式基準」ともいわれるべき賦課期日に登記されていない以上納税義務者とはならないという判断をしている。最高裁は地裁と同一の判決としている。

 

市町村が固定資産税を徴収しすぎるミスが全国で後を絶たない。間違った課税額を納めるために自宅の売却を余儀なくされたり、20年間で約4,850万円も多く課税されたりといった深刻な事案も起きている。その原因としては自治体職員の知識不足や単純ミスが原因で発生している。

ところで、埼玉県新座市で、市のミスで固定資産税を27年間にわたり本来より多く課税された夫婦が、納税のため自宅を手放していたことが明らかにされている。このケースでは当該物件の売買に関与した不動産会社が過徴収に気づき、市はミスを認めたが不動産の売買契約が成立した後のことである。市は過徴収の一部約240万円を返還したが、夫婦は元の生活の場を取り戻すことはできなかった。この夫婦には取り返しのつかない大きな損失(元の住生活に戻れないという)を与えてしまった事例である。

大分前のことであるが、横浜市でも同様なケースがある特定の地区で発生した。横浜市の場合、市の職員が気付いて修正し、必要に応じて返還手続を行った。ただし5年以内の部分である。5年以上のものについては時効を理由にして返還しなかった。市側が自分の手違いで過徴収しておいて、時効のため返還しないという理屈は「成る程官僚の執務」なのだと考えさせられた。民間の場合なら「責任と信用の問題」から全期間にわたって返還したと思う。現実に、ある銀行が貸金庫の料金を過分に引き落としていたことに気づき、全期間の相当額を返還している。ともかく総務省の調査では平成21年~23年度の3年間で、固定資産税の過徴収が発覚して減額修正したのは全国で25万件以上あったと公表している。

 

次に「不動産賃貸借に関わる更新料の可否判断」について触れてみたい。

現実に、不動産賃貸借に関わる「更新料の可否判断」に関わる訴訟が相次いで起きている。実際のところ更新料だけでなく「保証金」と「敷金」についても問題がある。とくに敷金については、東京圏と関西圏では取り扱いの慣習が異なっている。東京圏では原則として全額返済で、関西圏では「敷引」という制度的慣習があった。最近では東京圏においても「原状回復費用相当額」という意味合いの「敷引」が行われているようである。

まず、大阪高裁の判決に触れてみることにする。「賃貸マンションの更新料支払いを義務付けた契約条項は消費者契約法に違反する」として、京都市の男性が貸主に支払い済みの更新料など約550,000円の返還を求めた控訴審判決が大阪高裁であった。そこでは「更新料は消費者の利益を一方的に害し、無効」との判断を示した。一審・京都地裁の判決を変更し、更新料など455,000円を返還するよう貸主側に命じた。裁判官は23年で任地を移動し、その都度、国が用意した官舎での居住生活をしているので、借家住まいの生活の実態をどの程度理解しているのか、大きな疑問を持っている。本件事案の問題だけでなく、一般的にいって高級官僚のエリート集団が、どの程度、一般国民の生活態様を理解しているのか、時々、理解を超える判断が行われていることから、そのような理解をしている。

消費者契約法の趣旨によれば事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができる」こともしくは「消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする」条項が根拠となっている。契約条項を承知して「不動産賃貸借契約」を締結しておいて、後日、その一部無効を訴えるというその行為ははたして許されるものだろうか。不動産賃貸借契約が消費者の利益を不当に害する契約になるのか、大きな疑問である。

また、「入居2年で家賃2ヵ月分といった更新料」の設定は、首都圏や京都などで商慣習化しており、対象物件は100万件に上っている。さらに訴訟の判決では「消費者の利益を一方的に害する契約は無効とする消費者契約法の規定に、更新料契約が該当するかどうかが主な争点」とされた事例であるが、常識的な判断からすると、以下の点が問題視とされる。

① 借り手は契約内容を承知していること

② 一般に不動産賃貸借は仲介業者が間に入り、説明していること

③ 家賃2ヵ月分の更新料が商慣習化しているというが、首都圏内の大手不動産業者が仲介する不動産賃貸借の場合、通常、家賃1ヵ月分であること

④ 貸主の立場からいえば、更新料を前提に、2年分の家賃を25ヵ月もしくは26ヵ月に分割しているだけのことであること

 

居住用建物の賃貸借契約において、礼金、保証金、敷金、更新料などの授受は商慣習として制度化している。現在、全国的に「空き家」問題が持ち上がっているが、貸家の不足していた時代の礼金の授受は慣習として現在生きている。空き家があったとしても、それは居住用に適していないなど物理的もしくは利便性上の適格性に欠けているなどの理由があるものと考える。

最高裁の事件名は「更新料返還等請求本訴、更新料請求反訴、保証債務履行請求事件」で、裁判の要旨は以下の2点である。

① 消費者契約法第10条は、憲法第29条第1項に違反しない。

② 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料の支払を約する条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法第10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらない。

 

 

小規模事業者に係る納税義務の免除の特例制度について

依田俊伸(東洋大学教授)

                 

 消費税法においては、小規模事業者に係る納税義務の免除制度が認められているが、一定の場合に小規模事業者の免税を認めない特例を定めた。具体的には、(1)課税事業者選択届出(法9④)、(2)特定期間の課税売上高(法9の2)、(3)相続(法10)、合併(法11)、分割等(法12)があった場合、(4)新設法人(法12の2)および特定新規設立法人(法12の3)の納税義務の免除の特例である。

これらの特例により、納税義務の免除の範囲が相当程度限定されているとはいえ、形式的には納税義務が免除されても、実質的には消費税の納税義務の負担に耐え得る程度の事務負担能力を具備している事業者が、まだ、存在しているのではないか。もし、存在している場合には、その納税義務の免除の範囲をどのように限定していくかが問題となる。

 そこで、本論文においては、上記の納税義務の免除の特例について、以下の3点を指摘して、その対応策を提案する。

① 課税事業者を選択後の免税事業者への復帰が任意に認められる問題点

一度、課税事業者を選択して事務負担能力の向上が図られた事業者に対しては、仮に形式的に課税売上高が1,000万円という免税要件を満たしていたとしても、事務負担能力が喪失または大きく低下したようなやむを得ない事情が生じた場合を除き、その実質を重視して、課税事業者選択を取止めることは原則としてみとめられるべきではない。

 新設法人の特例における資本金基準の合理性の問題点

 会社法の施行により最低資本金制度は撤廃された結果、資本金の金額と会社の事業規模の間に関連性を見出すことはできなくなったため、資本金基準のほかに何らかの基準を加味することにより、適正に当該法人の事業規模を判定することが必要である。具体的な基準をして想定されるものとしては、たとえば、保有資産、従業員数、役員・従業員に支給する給与金額等の外形標準が挙げられる。

③ 個人事業が法人成りした場合の問題点

 一般的にみて法人成りの有力な目的として節税が挙げられること、また、節税目的の法人成りの場合、個人事業から法人設立に向けて事業体の構成が大きく変わることは少ないことを考えると、個人事業の法人成りの場合には、個人事業者と新規設立法人との間の事業体としての事実上の同一性・継続性の存在を根拠に、個人事業者の消費税上の属性を相続等の場合に準じて新規設立法人が引き継ぐことを認めるべきである。

 

OECD租税委員会におけるBEPS行動計画 -最終報告書に関する論点(1)」

籏野顕一郎(国士舘大学大学院博士課程)

 

2015年11月15・16日にトルコで開催されたG20サミットにおいて、経済協力開発機構(OECD)およびOECD租税委員会(CFA)主導による「税源浸食と利益移転」(BEPS)のプロジェクトに関して、「我々は、このプロジェクトの適時の実施を強く求めるとともに、開発途上国を含む全ての国・地域に対して参加を奨励する。」との首脳宣言が採択された。さらにG20各国首相は、BEPSを取り締まる国際基準を承認し、より包括的な成長を目指す上でのOECDの貢献を高く評価した。なお、わが国でもOECD租税委員会による「BEPS最終報告書」に即してBEPSプロジェクトの成果が広く国際社会で共有されるよう引き続き国際的な議論を先導し、途上国を含む幅広い国およびOECD・当該関連国際機関と協調しポストBEPS枠組みの構築に貢献していく旨の財務大臣談話が発表されている。

OECD租税委員会の取組みについては、多国籍企業の国際的租税回避行為を抑制し、公平かつ新たな国際税制を世界的調和のもとで構築していこうという背景のもと、OECD加盟国の枠を超えて、国際課税のルール策定活動が行われた。すなわち、OECD 租税委員会は当該問題に対応するために2012年6月よりOECDG20メンバーによる協働のBEPSに関するプロジェクトを立ち上げ、2013 年7月19日に「BEPS 行動計画」を公表している。さらに既述の「BEPS最終報告書」が2015年10月5日に採択され、同年11月にわが国をはじめとするG20諸国から支持を得て、今日に至っている。

さらに、OECD租税委員会は、「OECDモデル租税条約」、「OECD移転価格ガイドライン」等といった重要な国際的共通課税ルールの整備および各国の有する知見・経験の共有化を図っている。 なお、「BEPS最終報告書」の各行動は次のとおりである。「行動1」電子経済の課税上の課題への対応、「行動2」ハイブリッド・ミスマッチの効果の無効化、「行動3」効果的な外国子会社合算税制の設計、「行動4」利子控除およびその他の金融支払を含む税源浸食の制限、「行動5」有害税制への対抗、「行動6」租税条約の濫用防止、「行動7」恒久的施設認定の人為的回避の防止、「行動810 移転価格税制(無形資産/リスクと資本/その他の租税回避の可能性が高い取引)、「行動11BEPSのデータの測定およびモニタリング、「行動12」義務的開示制度、「行動13」移転価格関連の文書化の再検討、「行動14」相互協議の効果的実施および「行動15」多国間協定の開発である。

 

BEPS最終報告書」においては、多国籍企業の国際的租税回避行為により各国の財政状況が悪化しているため、これを抑制し、世界的調和のもとで公平かつ新たな国際税制を構築するべきとの一貫した主張がなされており、本稿では各行動を抜粋し、Ⅱ.国際的二重課税および国際的二重非課税、Ⅲ.タックス・ヘイブン対策税制に区分し考察している。

 

 

「英国における所得税制度の特徴」 

酒井翔子(嘉悦大学専任講師)

 

 本論文では、近代所得税法として歴史のある英国の所得税制度について、歴史的経緯を辿り、所得概念・計算方法を概観した。税率区分は3段階に設定されており、そのうちの最高税率帯では、低所得層の32,010(5,921,850)ポンドから高所得層150,000(27,750,000)ポンドまで4倍以上の差がある所得帯が同税率で課税されている。

 また、英国に特徴的な累積源泉徴収制度は、納税者の適用税率や基礎控除額に応じたコードを付すことにより、年末調整の煩雑さを解消し、合理的、かつ、効率的に所得税徴収を完結させている。この累積源泉徴収制度は、所得控除の適用等に起因する所得変動に応じた源泉徴収を可能にし、正確性の高い源泉徴収を実現している。

 特筆すべきは、キャメロン政権による政策の一環で「2002年税額控除法」という税額控除に特化した法律が新設されたことである。これにより、低所得者の就労促進、子供を有する中低所得者への支援を目的とする給付付き税額控除(全額給付型税額控除)が導入されたことである。広い所得帯が同税率で課される英国の所得税率構造は、多様な所得・生活状態に対して、税率による累進性の調整ではなく、税額控除による調整を重視している。